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2016/3/7

先月、2年半ぶりの個展を終えた。
久しぶりだったけど、やっぱり個展は面白い。
個人的には大満足だったので、次に向かう。
今回はカメラについて考えていたので、次回は写真について考えて個展をしたい。

そもそもなんで写真なのかが自分でたまによくわからない。
絵が描けないからっていうのは大いに影響してるのだけれど、それだけじゃないのは自分がよくわかっている。
撮影という行為に興味があるわけでもない。
テクノロジーが発達したこの環境下では写真を撮るということは特別なことじゃないし、そもそも撮影したところでオリジナリティというのはそこまで現われてくれない。
そこに欲求であったり、思想(コンセプト・テーマ)であったりというのが付随して、初めて強度が生まれる。
そんなことは僕だってわかりきっているのだけれど、見知らぬ誰かに訴えたいような強い思いなんてものは持ち合わせていない。
そもそも写真には感情なんてものは映らないと思っているし、何かを訴えるための媒体として写真を扱うのはなんだかとても暴力的な手段だと思う。
なんで写真でワンクッション置くのかわからない。
と、ここまで書いてしまうと余計になんで写真なのかということになる。
足りない頭を懸命に使って考えたけど、結論は出ない。
元がフィルムであれ、データであれ、紙1枚の中に目の前の現象が収まってしまう。
被写体を決めて、フレーミングをする、露出を合わせて、シャッターを押す。
1枚の紙の上に目の前に広がっていた光景・現象を引っ張ってくる。
画面の中の事柄全てが画一化されることに責任を持って、自分の体験を提示することが写真行為の原点だと思う。
そこに写真の魅力があるんじゃないかな。

2015/9/29

先日、JAPAN PHOTO AWARDのエントリーを済ませた。
本当にギリギリまでいろいろやってみたけど、結局は自分が作ったものなのでどう足掻こうが自分にしかならない。
バケペンを使っていた頃は今よりも頭で考えることが少なかった。
merillに変えてから、データから写真にするまでの作業を自分でするようになったから考えることが多い。
そしてmerillに変えてからはレタッチで自分のイメージする仕上げに近づくことができるので、良くも悪くも自分しかないなと思う。

僕は写真活動をしている人と楽しくお話するタイプじゃないから、周囲に写真関係の友人は少ない。
ただその方々は真剣に写真家として活動している人で、そういう人たちからの期待のようなものを最近感じることがある。
本当かどうかは知らないけど、写真を初めてみた時に衝撃受けたって言ってくれる人もいる。
あんまり期待を受けるような立場になったことがなかったので、その言葉をかけられた時少し恥ずかしかった。
反面、当たり前だろとも思ったけど。
自分の正義を曲げずにやってきたつもりで、自分が驚きたいから写真やってるし。
自分の想像を超えていない作品なんておもしろくない。
もっともっと貪欲に写真をしていかなくちゃいけない。

結果発表は10/16。
世界に出るためのきっかけになるといいな。

2015/9/6

先日、中平卓馬氏が亡くなった。
時代を創った天才がいなくなるのは悲しいことです。

僕は27歳なので全盛期はもちろん知らないけれど、中平さんは大好きだ。
森山大道や高梨豊など中平さんと同時代に活動していた写真家はたくさんいるけれど、僕にとってはやっぱり中平卓馬が一番かっこいいです。
夜の電話ボックスの写真とか本当にかっこいいです。
あれを初めて見た時は鳥肌が立った。

そして写真ももちろんですが、言葉とか写真に対する姿勢が好きだ。
アレ・ブレ・ボケで写真の画面を現実と引き剥がした人が現実をそのまま捉えるようになっていく。
病気や記憶のことももちろんあるけれど、どんどんとシンプルに。
何を撮りたいか?何に魅力を感じるのか?どういう風に見えているのか?よりも、ただただ写真とは何か?を追い求めて写真をしている姿が本当にかっこいい。
最後に中平さんの生き様そのものであろう言葉を。

まず何よりも私、写真家であるということに固執し続けております。
その一点を、私、放棄することは全く不可能です。
まさにそれ故に、私が生き始めた生の原点こそ、
私が写真家である一点である、と思考しぬいております。

さよなら、天才。

2015/8/24

あと1ヶ月ほどでJAPANの応募締め切りなので、連日写真のことばっかり考えている。
10枚という制約はお気軽なようで、とても難しい。
その枚数でどこまでまとめきれるかが大切と思っていたけど、すこし考えが変わってきた。
名刺的というか、自分がどんなものに向かって写真をしているかがわかるような作品ではダメだと思ってる。
10枚で完璧なものを提示することは大事だとは思うけれど、10枚で理解できてしまうようなお腹がいっぱいになるようなものを作るというのは最初から目標を設定してそこに向かうだけの作業になるような気がしていて。
目標設定は物事を進めていく上での目安にはなってくれるけど、そこで満足しているようじゃダメだ。
11枚目以降が観たくなるような、自分でも先が想像できないものを求めていかないと見晴らしのいいところには行けない。

この前にBEATSへ行った時、岡島さんに伊丹豪さんのtumblrがあることを教えてもらった。
個展会場で観た作品群とは別物のプライベートな写真で構成されていて、文章も添えられている。
これがめちゃくちゃいいんです、本当に。
昨日、全投稿を観てとても久しぶりに人が撮りたくなった。
JAPANが終わったら、また撮りはじめようと思います。

2015/8/23

先日、国立国際美術館へティルマンスの展示を観にいった。

初めて見るティルマンスの壁面展示はとても引き出しが多くて、たくさん勉強になることがあったな。
プリントのサイズ・縦構図と横構図の使い分け・紙の種類分け・額装やピンやテープ・テーブルで見る雑誌紙面のスチール………
すごく自由でかつ繊細で、本人のこだわりがないとこうはならないんだろうな。
一方で過去にティルマンスがこの壁面展示のスタイルで世に出てきてからそれを模倣していった多くの作品との違いがすごくて、単に壁面にプリントを散らしただけで満足していったような作品のクオリティの低さを改めて感じた。
ただただかっこいいからと、そこに明確な思想があるわけでもないのにそれを行った人は本当に満足してたんだろうか?
いい意味でもわるい意味でもそこまでのフォロワーを生み出したティルマンスがすごいってだけなんだけど。

ただ、正直にいうと写真自体は想像していたよりも感動を覚えなかった。
例えばメイプルソープの花やアーバスのポートレイト、金村さんの街などを初めて見た時の衝撃がなかった。
政治や社会などの時代背景とマッチングする作品を次々に生み出している最高のオールラウンダーって印象です。
あと、現代アートと写真を繋ぐ最重要人物だとは思います。
それってめちゃくちゃすごいことなんだけどね。
まぁ写真の好みは人それぞれです。


あと、一昨日は久しぶりにBEATSで岡島さんとすこしお話。
ティルマンスの話とか、作品というか写真のルーツの話とか。
よくもわるくもアラーキーの影響受けてる日本の写真作家が多いって話していて、僕が影響受けた写真家って誰だろう?って改めて考えた。
作品が好きな写真家は多いけど、自分の作品にまで影響してくる作品ってそこまで思い浮かばなくて。
たぶん猪瀬光さんと金村修さんなんだろうなと思いました。
なんか、この二人は狂ってるんだよな。
誰よりも遠いところに真っ直ぐ向かってるのが最高にかっこいいです。

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室田光祐

Author:室田光祐
写真家

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